新しい情報だけが新しいわけではない

ふと、spicagraphのあやかさんが長谷川恭久さんのAutomagicに出演されたのを聞いてないわと思い立ち、作業しながら聞いていました。

一度ではありますが実際にお話させていただいた方が、自分が気に入っているpodcastに出演しているということで、ずっと楽しみにしていたのですがなかなかじっくりと聞く時間も取れず今日に至ったのですが、とても勉強になる話を聞けました。

人に話す、人の話を聞くということ

フリーランスとして地方で働いていると、お仕事と直接関係のない方でお仕事の話ができる人ってあまり周りにいたりしなかったりします。(え?僕だけ?)

制作に携わっていると、思考的なことや、制作環境のことなどざっくばらんな話をしたくなるときってたまにあります。簡単に言えば情報交換なんですが、自分の考えを正したり確認したりするためにも人と話をするということはとても大切だと日々思い知らされます。

「新しい情報が新しいわけではない」

「新しい情報が新しいわけではない」

この言葉はあやかさんが出演なさっているpodcastの終わりの方に出てくる会話からのものですが、とても納得できるぐさっとくる言葉でした。

Web制作やデザインにおいて、日々いろんな技術的な情報が溢れかえっています。流行りだとか、便利だとか、効率が良いだとか、いろんなためになる情報がとてもたくさんあります。

流行っている情報というのは、要するに最新のトレンドというか流行の最先端というかそういうものになるわけですが、そればかりが新しい情報ではないということです。(記事タイトルはあえて「新しい情報だけが新しい情報ではない」にしてあります)

インターネットで情報を検索していると、自分なりに役に立った情報が必ずしも最近更新された情報ばかりではないはずです。数年前、もしくは10年近く前の情報だったりすることも少なくないはずです。

今現在「新しい」と思った情報をアウトプットしたとします。それを「新しい」と思い見てくれる方も大勢いると思いますが、それはすべて受けて次第なわけです。見る人によっては「新しい」と感じる感覚も違いますし、個人の感覚や知識量にも関係してくるので当然と言えば当然なのでしょう。

僕にとってはこの「当然といえば当然」というのが曲者でして、なかなか考えてみないと気付けないことでした。

何が誰のためになるかはわからない

ブログ記事だけの話ではないと思います。

今日書いた記事が、明日誰かの役に立つかもしれない。明後日か来月か来年かはわかりません。アクセスがある以上、誰かが気になって見ているのです。それは個人の感覚で判断した鮮度には関係なく、見る側の鮮度次第なのです。

実際に、僕が別で運営しているブログ記事には数年前に書いた記事が今も毎日多大なアクセスを集めていたり、狙ったわけでもないのにとある検索キーワードで大手メディアを抑えて最上位に表示されたりもします。

そう、書いてみないとわからないのです。だからブログは楽しいのかもしれません。

読んでくれる人のために書いた記事というものには、鮮度はそれほど関係ないのではないかと改めて気付かされました。

参照:Automagic